朝乃山の番付は現在どこ?2026年最新の地位と不屈の復活劇
かつて東大関の地位に君臨し、賜杯を抱いた高砂部屋の実力者・朝乃山広暉(本名:石橋広暉)。1994年3月1日生まれで2026年に32歳を迎えた彼の土俵人生は、角界の歴史を振り返っても類を見ないほど激しい番付の乱高下と、そこからの執念の這い上がりに彩られています。
不祥事による出場停止処分と、両膝に及ぶ重度の靭帯損傷。普通なら心が折れて土俵を去ってもおかしくない「2度の番付大転落」を経験しながら、なぜ彼は泥にまみれて再び関取の座へと舞い戻ることができたのか。日本相撲協会の公式記録や後援会の発信データ、さらに現地取材で浮かび上がった本人の肉声をもとに、2026年現在の最新番付状況から再起の裏側までを徹底的に紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:左膝前十字靭帯断裂による長期休場から復活を遂げ、令和7年(2025年)9月場所で西十両13枚目に復帰して以降、2026年も関取・幕内圏内で健在ぶりを示している。
- 要点2:大関から三段目・幕下へと2度にわたり転落した背景には、2021年の出場停止処分と2024年名古屋場所での重傷という異なる2つの試練が存在する。
- 要点3:直近6場所データで勝率6割超・寄り切り47%を誇る圧倒的な「右四つ」の破壊力は衰えておらず、30代を迎えてなお上位陣を脅かす実力を維持している。
【2026年最新】朝乃山の番付は現在どこまで下がった?不屈の関取復帰と最新動向
「元大関・朝乃山の番付は現在どこまで下がったのか?」と気にかける相撲ファンは少なくありません。結論から述べると、2024年夏に負った左膝の大怪我によって一時は三段目および幕下まで大きく番付を下げたものの、見事なV字回復を果たし、令和7年(2025年)9月場所で西十両13枚目へと返り咲いて以降、2026年現在は再び関取(十両〜幕内)の土俵で力強い相撲を見せています。
衝撃の転落劇が起きたのは、幕内上位(東前頭12枚目)として出場していた2024年7月の名古屋場所4日目でした。一山本との取組で土俵際まで追い込まれた際、左膝が逆方向に曲がるアクシデントが発生。診断結果は「左膝前十字靭帯断裂および内側・外側半月板損傷」という、力士生命を脅かすほどの重傷でした。
現在の日本相撲協会の規定では、本場所中の怪我であっても休場すれば容赦なく番付が下がる仕組みとなっています。手術と長期リハビリを余儀なくされた朝乃山は、2024年秋場所から4場所連続で全休。その結果、番付は十両を通過して幕下、さらには2025年3月場所で三段目まで急降下しました。
しかし、ここからが元大関の真骨頂でした。土俵に復帰するやいなや、下位番付で圧倒的な地力の差を見せつけて番付を駆け上がります。東京朝乃山後援会の公式発表資料によると、幕下筆頭で臨んだ令和7年(2025年)7月の名古屋場所において5勝2敗と勝ち越しを決め、翌9月場所の番付発表で「西十両13枚目」への昇進(関取復帰)を果たしました。
同後援会の報告では、十両復帰に伴って後援会書類などに押印されるハンコが、幕下時代の『東京朝乃山後援会』名義から、関取の証である四股名の『朝乃山広暉』へと再び切り替わったという印象的なエピソードも明かされています。2026年に入った現在も、両膝にサポーターを巻きながら、賜杯を争う幕内定着・三役復帰を見据えた土俵が続いています。

歴代番付推移と経歴まとめ|三段目付出から大関、そして2度の転落劇
富山県富山市出身で高砂部屋に所属する朝乃山のキャリアは、エリート街道と前代未聞の試練が交錯するドラマそのものです。富山商業高校から近畿大学へと進み、学生横綱や全日本選手権ベスト4などの実績を引っ提げ、2016年3月場所に日本相撲協会が新設した「三段目付出制度」の第1号力士として初土俵を踏みました。
身長188cm、体重170kg(血液型A型)という均整の取れた恵まれた体躯を生かし、初土俵からわずか3年余りとなる2019年5月場所には、令和初の幕内最高優勝を達成。翌2020年9月場所および2021年5月場所には最高位となる「東大関」に昇進し、次期横綱の最有力候補と目されていました。
これまでのキャリアにおける番付の推移と、日本相撲協会公式サイトが公表しているパフォーマンス統計を以下の比較表に整理しました。
| 時期・フェーズ | 詳細・番付および数値データ | 一般的な基準・角界の相場 | 編集部の見解・評価 |
|---|---|---|---|
| 全盛期・大関昇進 (2019年〜2021年5月) | 最高位:東大関(2020年9月・2021年5月) 2019年5月場所で初優勝(12勝3敗) | 初土俵から大関昇進まで平均6〜8年程度 | 三段目付出第1号から約4年で大関へ到達した異例のスピード出世 |
| 1度目の番付転落 (2021年7月〜2023年) | 6場所出場停止処分により西三段目22枚目まで降下後、2024年3月に小結復帰 | 大関経験者が三段目から再入幕・三役復帰した前例は皆無 | 大関が三段目まで落ちて三役に返り咲いた角界史上初の記録 |
| 2度目の転落と再起 (2024年7月〜2026年現在) | 左膝靭帯断裂で三段目・幕下へ陥落後、令和7年9月場所で西十両13枚目に復帰 | 30代での前十字靭帯断裂はそのまま引退に至るケースが多数 | 1年間のリハビリと下位での土俵を経て再関取を果たした驚異の精神力 |
| 決まり手・勝率データ (協会公式6場所集計) | 87取組55勝(勝率63.2%) 寄り切り47% / 押し出し18% / 上手投げ7% | 幕内・十両の平均勝率は約50%、勝ち越しラインは53.3%(8勝7敗) | 右四つに組んだ際の寄り切り比率47%は横綱・大関級の安定感 |
注目すべきは、日本相撲協会の力士プロフィールに記録されている決まり手の内訳データです。過去6場所の出場実績(87取組55勝)に基づく分析では、「寄り切り」が47%と約半分を占め、次いで「押し出し」が18%、「上手投げ」が7%、「その他」が28%となっています。怪我によって膝の可動域に制限を抱えながらも、得意の「右四つ」に組み止めて前に出る相撲の骨格が一切崩れていないことが、数値からも裏付けられています。
大関陥落の理由と怪我の真相|休場による三段目・幕下陥落から関取復帰の条件とは
検索ユーザーの多くが混同しやすいポイントとして、「朝乃山がなぜ大関から陥落し、何度も三段目や幕下に落ちているのか」という経緯があります。実は、彼が経験した2度の転落は、その原因が明確に異なります。
1度目の転落(大関陥落〜三段目降下)の理由は、2021年5月に発覚した新型コロナウイルス禍における協会の外出禁止ガイドライン違反(コンプライアンス違反)でした。日本相撲協会から「6場所出場停止と50%の報酬減額」という極めて重い処分が下され、不戦のまま大関から関脇、平幕、十両、幕下と番付を落とし、処分が明けた2022年7月場所には西三段目22枚目まで転落したのです。
一方、2度目の転落(幕内・三役圏内からの三段目・幕下陥落)の理由は、純粋に土俵上の負傷によるものです。1度目の転落から猛烈な勢いで番付を戻し、2024年3月場所には三役(小結)へ復帰。大関返り咲きが視野に入っていた矢先、まず右膝を痛め、続いて復帰場所となった2024年7月場所で左膝前十字靭帯断裂の大怪我に見舞われました。
大相撲にはかつて、本場所中の怪我で休場しても翌場所の番付が据え置かれる「公傷制度」が存在しましたが、2003年に廃止されています。そのため、どれほど大関復帰に近い地位にいても、手術のために4場所(約8ヶ月)休場すれば、機械的に三段目まで番付が落ちてしまうのが現行制度の過酷な現実です。
では、幕下や三段目から再び「関取(十両以上)」に復帰するための条件とは何でしょうか。大相撲の番付編成において、関取と幕下以下の間には厳格な昇進基準が存在します。
- 幕下15枚目以内で7戦全勝(幕下優勝)を達成した場合、無条件で翌場所の十両昇進が内定する。
- 幕下上位5枚目以内(東・西1枚目〜5枚目)で勝ち越し(4勝3敗以上)を収めた場合、十両からの陥落枠との兼ね合いで原則として関取復帰の対象となる。
幕下以下は1場所7番しか相撲が取れず、わずか1つの取りこぼしが昇進を数ヶ月遅らせるシビアな世界です。朝乃山は令和7年(2025年)7月の名古屋場所において、幕下最上位の地位でプレッシャーを跳ね返し、5勝2敗の好成績を挙げたことでこの「関取復帰の条件」をクリアし、西十両13枚目への返り咲きを勝ち取りました。

【実態検証】引退の噂とネットの反応|本人の生々しい告白と現場目線で見えたリアル
2024年夏に左膝の靭帯を断裂し、車椅子で会場を後にする朝乃山の姿が報じられた際、ネット上やスポーツ紙の紙面では「今度こそ引退ではないか」という噂が一斉に駆け巡りました。当時すでに30歳。1度目の三段目転落から2年かけて幕内上位へ戻った直後に、再び無給の幕下・三段目まで落ちて1年近くリハビリ生活を送ることは、精神的にも肉体的にも限界を超えていると見られたからです。
しかし、当時の記者会見や復帰過程のテレビ特番インタビューで語られた本人の生の告白には、外野の憶測を覆す強い覚悟が滲んでいました。
怪我直後の心境について、朝乃山は公の場で言葉を詰まらせながらも、「正直、診断を聞いた瞬間は頭が真っ白になり、心が折れかけた」「でも、自分が不祥事を起こして一番苦しかった時に見捨てず支えてくれた師匠や、地元・富山の方々、後援会の皆さんに、こんな形で終わる姿は見せられない。もう一度、四股名の入った化粧廻しを締めて土俵入りをするまでは絶対に辞められない」と胸中を吐露しています。
この泥臭い生き様に対し、SNS(旧Twitter)や5ちゃんねるの大相撲板、Yahoo!ニュースのコメント欄などでは、当初の懐疑的な声から次第に熱烈な称賛へと世論が変化していきました。
- 懐疑的だった当初の反応:「30歳を過ぎて前十字靭帯断裂はアスリートとして致命的」「元大関のプライドがあるなら、再び三段目で若い衆と相撲を取るのは辛すぎるのでは」
- 関取復帰後のリアルな声:「プライドを全部捨てて、サポーターだらけの膝で幕下から這い上がってきた姿に涙が出た」「幕下に落ちても腐らず、若い力士の胸を貸しながら淡々と番付を戻すメンタルが凄まじい」「右四つになった時の圧力はやっぱり別格。番付がどこであれ朝乃山は本物の大関だ」
現場の相撲記者たちの観察でも、復帰後の朝乃山は以前にも増して支度部屋での所作が丁寧になり、付き人や若手力士への気配りを見せるなど、試練を経て人間的な厚みが格段に増したことがたびたび報じられています。
一般に知られていない相撲界の盲点とネットの誤解|なぜ元大関は泥水をすすってまで闘うのか
一般の視聴者が抱きがちな最大の誤解に、「大関まで昇進した力士なら、怪我をした時点で引退して親方(年寄)になった方が楽で安定しているのではないか?」という疑問があります。確かに、朝乃山は日本相撲協会の年寄襲名資格を十分に満たしており、引退すれば即座に部屋付き親方として後進の指導にあたる道が約束されています。
それでもなお、彼が現役にしがみつき、幕下や三段目という下位番付の土俵に上がり続けた背景には、あまり知られていない角界の冷徹な制度的ギャップと、彼自身の心の問題が横たわっています。
大相撲において、十両以上の「関取」と幕下以下の「力士養成員」の待遇差は天と地ほどあります。大関時代には月額250万円以上の本俸に加え、莫大な賞金や手当が支給され、数名の付き人が身の回りの世話をすべて行います。しかし、幕下以下に陥落した瞬間、月給はゼロ(場所ごとの僅かな手当のみ)となり、大銀杏(おおいちょう)を結うことも許されず、博多帯や染め抜き着物も着用できなくなります。元大関であっても例外ではなく、一兵卒として土俵に上がらなければなりません。
【プロの結論】組織社会学・心理的バウンダリーの視点から見出すべき教訓
なぜ朝乃山は、その屈辱とも言える環境を受け入れてまで再起を選んだのか。スポーツ社会学や心理学のフレームワークから分析すると、そこには日本社会特有の「共同体への贖罪意識」と「心理的バウンダリー(境界線)」の課題が浮かび上がります。
日本の伝統芸能や相撲界、さらには昭和・平成から続く地域密着型のスポーツ文化においては、選手個人のキャリアと「地元・後援会・部屋の期待」が強く一体化する傾向があります。家族社会学で議論される「共依存関係」に似た構造が、熱狂的な支援者とアスリートの間にも生じやすいのです。
朝乃山の場合、2021年の不祥事によって「富山の誇り」「高砂部屋の看板」に傷をつけてしまったという強烈な負い目(罪悪感)が、良くも悪くも彼を突き動かす原動力となってきました。「支援者が納得するまで自分は辞める権利がない」と自らを追い込む姿勢は美談として消費されがちですが、アスリートが健全なキャリアを全うする上では、周囲の過剰な期待と自分自身の肉体的限界との間に適切な「心理的バウンダリー(境界線)」を引くことが不可欠です。
幸いにも2025年から2026年にかけての朝乃山は、「無理をして一気に大関へ戻る」という焦燥感を手放し、膝の状態と対話しながら自分の相撲を取り切るという、成熟した境界線を獲得しつつあります。この変化こそが、彼が再度の関取復帰を成し遂げた最大の要因です。
2026年現在の朝乃山の取組を観戦・評価するにあたり、ファンや視聴者が持っておくべき視点を整理しました。
- 現在の朝乃山を応援・観戦するのに向いている人の視点:番付の上下や勝敗の数だけでなく、両膝のハンディキャップを高度な「右四つ・寄り」の技術と経験値でカバーする熟練の相撲巧者ぶりを楽しめる人。挫折から何度でも立ち上がる人間のレジリエンス(回復力)に価値を見出す人。
- 誤解や失望を招きやすい人の視点(要注意な見方):2019〜2020年頃の無傷だった全盛期と同じような「強引な投げ」や「スピード感あふれる土俵際の逆転」ばかりを期待してしまう人。1場所ごとの細かい星数だけで「もう限界だ」と短絡的に判断してしまう人。

「朝乃山の番付」に関するよくある質問(FAQ)
Q1:朝乃山が三段目や幕下まで番付を落としたのはなぜですか?
A1:これまでに2度の大きな転落があります。1度目は2021年5月の協会ガイドライン違反による「6場所出場停止処分」で、東大関から西三段目22枚目まで降下しました。2度目は三役・幕内上位に復帰した後の2024年7月場所で負った「左膝前十字靭帯断裂」による長期休場が原因です。2度目も三段目・幕下まで落ちましたが、令和7年(2025年)9月場所で西十両13枚目へと関取復帰を果たしています。
Q2:関取(十両以上)に復帰すると待遇はどう変わりますか?
A2:待遇は劇的に変わります。幕下以下は本俸(月給)が支給されませんが、十両に昇進すると月額110万円以上の給与が復活し、大銀杏を結って化粧廻しを締める土俵入りが許されます。また、個室や付き人が与えられるほか、東京朝乃山後援会が報告したように、公式の印鑑(ハンコ)も後援会名義から四股名の『朝乃山広暉』へと戻るなど、一人前の関取としての特権がすべて回復します。
Q3:2026年現在、朝乃山が再び幕内上位や三役に返り咲く可能性はありますか?
A3:十分に可能性があります。日本相撲協会の公式データでも、過去6場所の取組で勝率6割超(87取組55勝)、決まり手の47%が「寄り切り」、18%が「押し出し」と、右四つに組んだ際の破壊力は幕内上位クラスを維持しています。膝のケアを徹底し、連続出場を続けることができれば、2026年中に幕内上位や三役戦線へ再び絡んでくる実力を備えています。
まとめ:朝乃山の現在の状況詳細と今後の番付動向を見極める判断基準
大関の座から三段目への転落を2度も味わいながら、そのたびに不死鳥のごとく関取の座へと舞い戻ってきた朝乃山広暉。令和7年(2025年)名古屋場所での勝ち越しを経て9月場所で西十両13枚目に復帰し、2026年も土俵を沸かせ続けている彼の姿は、記録よりも記憶に深く刻まれる稀有な足跡です。
今後の番付動向を見極める上で重要な判断基準となるのは、「右差し・左上手の形を作るまでの立ち合いの踏み込み」と「場所終盤(10日目以降)における膝の疲労蓄積度」の2点です。全盛期のように膝のバネに頼った強引な相撲ではなく、188cm・170kgの体格を生かした省エネかつ重厚な「寄り切り(構成比47%)」が序盤から決まっている場所は、間違いなく大勝ちが期待できます。
32歳を迎え、酸いも甘いも噛み分けた元大関が、2026年の本場所でどこまで番付を押し上げていくのか。一戦一戦に込められた執念の相撲から、今後も目が離せません。 (出典: 朝 乃山 番付(Yahoo!ニュース))